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日本企業が集まるドイツの「都市集積」とその地理学的な魅力

兵庫県立大学環境人間学部准教授 杉山 武志

本稿は2016年第4号DJWニュースレターに掲載されたものです。

2016-07-17, 12:52

筆者は、都市、地域、産業に関して、地理学の視点から研究を行っています。特に、都市集積、産業集積研究を専門としており、行政、経済団体、企業、異業種交流会等のアソシエーションとコミュニティの相互関係についての研究を重ねてまいりました。特に最近では、海外へ進出する日本企業とその集積の問題に関心をもっており、これまでの研究成果を昨年、「日系多国籍企業のドイツへの現地化とグローカルなコミュニティの基盤―領域的制度と文化的結合」と題する論文に発表致しました。(詳細は、http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/infolib/user_contents/kiyo/DBb1160204.pdfを参照ください)。本稿では、同論文で導きだした結論と論点の一部を簡潔に紹介したうえで研究の意義を示し、今後の応用可能性を地理学の視点から展望してみます。

上述の論文では、日独産業協会(DJW)、デュッセルドルフ日本商工会議所の皆様をはじめ関係各位より教示を受けながら、デュッセルドルフやミュンヘンなどに集まる日本企業がどのように現地化を進めているのか地理学の視点から研究しました。その結果、主に次の3点が明らかになったといえます。いずれも、ドイツにおいて日独ビジネスに携わっている読者の皆様にとっては言わずもがなかもしれませんが、地理学を専門とする立場からは、非常に興味深い内容でありました。

第一に、少なくともドイツにおける日本企業への支援が行われるコミュニティでは、「グローカル」な要素が備わっていることが明らかになりました。「グローカル」とは、グローバル化とローカル化の同時並行的な進行を指す言葉とされています。在ドイツ日本企業には、ヨーロッパ全体などへ事業展開を図る一方で、デュッセルドルフなどその拠点を置く特定の都市において、ローカルスケールでの情報交流が生み出されている例が多く散見されます。そうした情報の取り交わされやすい「都市集積」(用語の意味は後述)に日本企業が吸引されてきた事実の大きさが理解されました。これは、ヨーロッパの中でドイツに最も日本企業が集まる要因の一つとして示唆されるものでもあります(図1)。

第二に、ドイツへ進出する日本企業は、異業種間ネットワークやドイツ‐日本企業間のネットワーク構築、ドイツ以外の国々の情報収集も希求していて、こうした企業側のニーズに応える支援が行われていることが理解されました。たとえば、DJWで実施されている「朝の会」や「DJW会」などのネットワーク活動はその最たる事業に位置づけられるでしょう。

第三に、日本企業への支援にあたっては、経済的な要素に対してだけでなく文化的な要素への相互理解が重視されていた点です。たとえば、毎年デュッセルドルフで開催されている「日本デー」では、準備プロセスにおけるドイツ側と日本側諸機関との連携のなかから相互の信頼関係が醸成されてきた事実が確認されました。また、日本企業がドイツやヨーロッパの法律や習慣などを知るうえでDJWなどの諸機関が大切な役割を担っていることも理解されました。そして上述の論文では、中間的かつ速報的ですが、「ドイツにおける日系企業の現地化やグローバルな事業展開が領域的制度と文化的結合を基盤としたグローカルなコミュニティを通じて進められている」と結論づけました。

以上の結論をご覧になって、DJWの活動に関わる皆様でしたら、目新しさが少なく自明の結論という印象を受けられるかもしれません。しかし、日本の経済地理学界を管見した限り、今回の研究で明らかになった数々の事実は驚きに満ちあふれたものでした。ここでは、その理由を2つ示したいと思います。

一つは、先ほど用いた「都市集積」という言葉に関わる点です。「都市集積」とは、オフィス集積や多種多様な産業分野の異種混淆のビジネス環境を指した地理学の用語です。しかし、諸外国へ進出した日本企業をめぐる集積研究は、大半が「工業集積」の範疇にあります。たとえば、製造業や工場などの集積に特化した議論です。近年では特に、アジア諸国への工場の現地化研究が盛んです。もちろん、日本にとって工業集積論やアジアとの関係を論じることはとても大切です。ただ、ドイツへ進出する日本企業が特定の都市に集まる要因を分析するためには、「統括販売拠点」としての集積とそのコミュニティの実体、すなわち「都市集積」の視点を論じることが求められています。ホスト社会と日本人コミュニティのより良い関係を議論する先進的な「都市集積」の事例の一つとして、ドイツでの取り組みが位置づけられるといえるでしょう。

もう一つは、デュッセルドルフなどの経験を日本において応用を試みるための知見を得られた点です。筆者は兵庫県立大学に勤務していることもあり、日本国外の企業が神戸に進出する際の支援の問題にも関心があります。たとえば、神戸では近年、「クラスター政策」が遂行されて「医療産業都市」が生成されつつあります。一歩ずつですが外国企業の進出も増えてきています。他方で神戸は、多数の外国関連組織が存在する多文化共生を重視する都市でもあります。ただ、確認の限り、前者の経済的要素と後者の文化的要素がやや分離している様相も見受けられます。ドイツの事例からは、日本においても経済的要素と文化的要素を関連させた一体的な現地化支援とビジネス環境の整備が大切になりうると示唆されています。神戸が存在する兵庫県の大学に勤務する者としてどう提言していくべきか、検討を進めようと試みています。日本の中学や高校の『地理』の教科書でも有名な「ルール工業地帯」の内陸水運を支えてきた港湾都市の一つであるデュッセルドルフでの事例を、「阪神工業地帯」の港湾都市の一つである神戸での取り組みに応用する価値は高いものがあります。

最後に、今般発表した論文は、中間的かつ速報的なものです。今回はお会いできなかった方々とも対話を重ね、ひとまず示した論点と結論の精緻化を図ることが筆者に残された課題です。今後も、日独関係各位より様々な教示を受けながら研究に邁進してまいります。

 

※研究論文は以下のリンクよりご覧いただけます。
http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/infolib/user_contents/kiyo/DBb1160204.pdf

Number of Japanese companies in Europe. (Source: Takeshi Sugiyama, 2015, based on the Ministry of Foreign Affairs of Japan´s Number of Japanese companies in Europe. (Source: Takeshi Sugiyama, 2015, based on the Ministry of Foreign Affairs of Japan´s "Annual Report of Statistics on Japanese Nationals Overseas")
Number of Japanese companies in Germany (Source: Takeshi Sugiyama, 2015, based on the Ministry of Foreign Affairs of Japan ́s Number of Japanese companies in Germany (Source: Takeshi Sugiyama, 2015, based on the Ministry of Foreign Affairs of Japan ́s "Annual Report of Statistics on Japanese Nationals Overseas")
Takeshi Sugiyama
Associate Professor, University of Hyogo
sgymt01@yahoo.co.jp
www.u-hyogo.ac.jp/shse/koho
Takeshi Sugiyama
Associate Professor, University of Hyogo
sgymt01@yahoo.co.jp
www.u-hyogo.ac.jp/shse/koho

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