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J-BIG 6月号:ビョルン・アイヒシュテットと大浦詩織カミラによるインタビュー

旭化成株式会社 – 「私たちは、欧州の視点を日本本社に正確に伝達しています。」

DJW協賛会員Storymaker GmbHによるインタビュー記事

2021-08-10, 09:58

旭化成株式会(以下、旭化成)は、日本を代表する総合化学メーカーで、現在、ドイツのデュッセルドルフに欧州本社を構えています。Asahi Kasei Europeが5年前に設立されて以来、ドイツの自動車産業の未来にどのように貢献しているのか、その事業内容や計画、そして、日独の違いや類似点などについて、同社の取締役社長を務める堤秀樹氏にお話を伺いました。

まずはじめに、旭化成グループが展開している事業について教えてください。

堤秀樹氏:私たちは「マテリアル」、「住宅」、「ヘルスケア」の3つの領域で事業を展開しています。マテリアル領域では、基礎化学品から、バッテリーセパレーターや機能性樹脂、サランラップや繊維をはじめとする生活用品や消費財まで、幅広いポートフォリオを展開しています。旭化成エレクトロニクス(AKM)は、スマートフォンなどに使用される電子コンパス、半導体、電池、素材などの技術分野において、世界市場を牽引しています。当社の名誉フェロー吉野彰博士はリチウムイオン二次電池(LIB)を発明し、2019年にノーベル化学賞を受賞しました。私たちは、現在、この電池自体は製造していませんが、極めて重要なセパレータを提供しています。

住宅領域では、住宅建築やリフォーム、「ヘーベルハウス」をはじめとする不動産事業、軽量気泡コンクリート(ALC)や断熱材の建材販売などを手がけています。全体の売上高の33%を占めているこの領域は日本を中心に展開しており、米国市場も成長しています。しかし、欧州にはほとんど進出しておらず、今後もその可能性は非常に低いと見られます。日本古来の住宅というのは、基本的に木造建築です。自然災害の影響を受けやすい日本において、私たちは、地震時の建物への負担を軽減するALCを提供しています。実は「ヘーベルハウス」は、当社が1967年にドイツのヘーベルガスベトン社のALC技術を導入したことで誕生しました。欧州はもともと石造建築なので、メンテナンスがしやすく長く住むことができます。「築50年」の住宅は、ドイツではそれほど長くなくても、日本では寿命の長い部類に入ります。言い換えると、建て替えサイクルが短く、その都度新たな商機が生まれるのが日本市場の特徴です。

ヘルスケア領域は、医薬品及び医療機器を扱う成長分野です。代表的な製品として、救命処置のためのAEDなどが挙げられます。フランクフルトのAsahi Kasei Medical Europe、ブリュッセルのAsahi Kasei Bioprocess Europe のように、欧州にも拠点を設けています。

旭化成の創業の歴史と沿革を教えてください。

堤秀樹氏:旭化成は、1922年、創業者の野口遵氏によって設立されました。彼は、1896年に帝国大学(現東京大学)を卒業後、独シーメンスの東京支社に入社。その10年後に電力会社を設立します。以後、新規事業に果敢に挑み、様々なビジネスを展開しました。その一つが、現在の旭化成の前身である、再生繊維レーヨンを製造する旭絹織株式会社です。翌年には、宮崎県延岡市に合成アンモニアを生産する工場が開設され、1931年には、ドイツ企業が開発した技術を導入し、コットンリンター由来の高級素材である「ベンベルグ」というキュプラ繊維の生産も開始しました。このように、当社は化学や繊維の分野に起源を持ちます。

来年、創業100周年を迎える旭化成グループには、現在、世界中で4万人以上の従業員が在籍しています。本社は、皇居に隣接する日比谷公園を一望できる東京のオフィスビルに入っています。当社は、アジアにおいて、既に大きなネットワークを確立しており、さらなるグローバル展開を加速させています。

堤さんの経歴についても簡単に教えてください。

堤秀樹氏:私は、1983年に旭化成に入社しました。最初は営業職からはじまり、15年間、アジア地域や日本市場を中心に、様々なプロジェクトに従事しました。それから6年間のシンガポール駐在を経て、日本の合弁会社に異動し、石油化学・樹脂関連の事業を担当しました。2016年にドイツ拠点立ち上げに協力し、現在に至るまでAsahi Kasei Europeの社長を務めています。

ドイツ拠点設立の経緯と変遷を教えてください。

堤秀樹氏:Asahi Kasei Europeは、自動車・環境ビジネス市場への事業拡大を目指し、2016年に、デュッセルドルフに設立されました。それ以前は、マテリアル領域における各ビジネスの事業会社が、ベルギーやフランス、ドイツなどの欧州諸国に散らばっていました。当初は、市場や資金が限られており、事業規模も小さく、潜在顧客は主に自動車産業における企業でした。それゆえ、私は各事業を一箇所にまとめるよう日本本社の経営幹部に提案しました。こうして、デュッセルドルフオフィスが誕生しました。

当初、マテリアルビジネスを自動車産業に展開していくことを決意しました。5年の歳月をかけて、OEMやTIER1のお客様に、繊維やエレクトロニクス、樹脂をはじめとする幅広い性能ニーズを満たす製品群や将来価値(FV)をアピールしました。他にも、日本におけるトヨタ自動車やホンダなどとのプロジェクト事例を紹介したり、コロナ禍以前は展示会や見本市にも積極的に参加したりしました。その結果、徐々にOEMから素材のサンプルを要求される機会が増えていきました。私たちが大切にする価値観や多様な製品群、技術などを認識してもらうために、多くの時間と労力を費やしてきました。

6年目を迎えた今、お客様と良好な信頼関係を築けており、さらなる挑戦を続けることで当初の目標を達成できると確信しています。今年3月には、営業、マーケティング、R&Dの3つの機能を融合する目的で、デュッセルドルフ市内に所在していた旭化成ヨーロッパおよび旭化成マイクロデバイスヨーロッパ、ならびにドルマーゲン市の欧州R&Dセンターを一箇所にまとめるために、デュッセルドルフ港湾の新拠点に移転しました。

2016年に主にマーケティングを担当する社員数約30名でスタートした旭化成ヨーロッパには、現在100名以上の従業員が在籍しています。旭化成グループの欧州事業全体の昨年度の売上高は約9億ユーロ。また、ドイツにおける売上高はそのうちの60%を占めています。

電気自動車(EV)の普及は、御社にどのような影響をもたらしますか?

堤秀樹氏:近年、自動車産業には大きな技術革新の波が訪れています。従来型エンジンを中心に製造するOEMは依然として多いものの、パワートレインの電動化を求める動きも加速してきています。EVに適した素材を十分に活用できていないことが、日本と欧州におけるOEMの現状です。まさに、新素材の研究や調達の段階にあるため、私たちが新規参入したタイミングは非常に良かったと感じています。当社のEV用の環境配慮素材やシステム技術が次世代自動車の開発に貢献できることを期待しています。

自動車産業は今、EUにおけるCO2排出量規制とそれに伴う罰金にも向き合わなければならない状況に直面しています。カーボンニュートラルなパワートレインを検討するにあたって邪魔となる、車体の重量が業界を悩ませています。軽量化は大きな課題であり、素材メーカーの知識と協力が必要になります。それにより、私たちにとって、製品を紹介する好機にもなっています。

当社の素材は、EVのパワートレインやタイヤ、シートなどの部品において幅広く採用されています。それだけでなく、サウンドシステムやノイズキャンセリング機能、アルコールセンサ、そして、車体の軽量化・小型化のみならず、充電時間の短縮を実現する電池用素材など、快適で安全な車室空間を創出するソリューションも提供しています。私たちのサスティナブルな素材は、自動運転技術とデジタルコネクティビティを備えるEVの開発を支えています。

主要な自動車産業は南ドイツが中心ですが、ミュンヘンなどの地域における活動の拡大も検討していますか?

堤秀樹氏:私たちは、もちろんドイツのOEMにアプローチしたいと思っています。しかし、ある特定のOEMに限られるわけではありません。もしオフィスがミュンヘンにあれば、当然BMWなどの企業からは近くなりますが、他の企業からは遠くなってしまいます。デュッセルドルフを州都とするNRW州にも多くの子会社やTIER1・TIER2企業があります。さらに、ここからはどのOEMもフライト1時間程度でアクセスできる距離感なのでとても便利ですね。

デュッセルドルフには、欧州最大級の日本人コミュニティが形成されています。進出当時、ドイツ生活が初めての私たちも、迅速にビジネスを開始する必要がありました。最適な立地拠点を探す際、簡単な英語が通じ、日本食や日本文化も深く浸透している場所を選んだ結果、ここに決まりました。駐在員にとって、デュッセルドルフは本当に日本のような場所です。

ドイツ拠点が果たしている役割を教えてください。

堤秀樹氏:私たちは、欧州の視点を日本本社に正確に伝達しています。特に環境問題を取り巻くビジネスに関しては、最前線からレポートすることになります。したがって、普段から情報収集は念には念を入れて行い、社会や市場の状況を把握することが欠かせません。現在、研究開発の拠点は主に日本にあるので、欧州市場の方向性を正しく提示することで、新しい製品の開発をサポートすることができます。

歴史的に見ても、欧州のOEMは自動車産業のパイオニア的存在でした。最初に欧州が新しい素材やシステム開発に挑戦し、米国がそれを追随し、日本や韓国、中国などのアジア諸国と続きます。同様の傾向は、今も健在です。もちろん、最近は欧州企業もEV大手のテスラの活躍ぶりに焦っています。一方で、欧州議会は、カーボンニュートラルの実現に向けて、2025年以降、CO2排出量の大幅な削減をOEMに要請しています。欧州はこれからの未来を方向付ける世界のリーダー的役割を果たしており、持続可能な社会の実現に向けて民間と行政が一丸となって取り組んでいます。バイデン大統領の就任によるパリ協定への復帰など、米国も大きく方向転換を図っていますが、環境問題にはこれまでは消極的だったと言えます。

日本本社とドイツ拠点はどう連携していますか?また、コロナ禍以前はどのような交流がありましたか?

堤秀樹氏:正直なところ、現在は日本からドイツへの駐在員の赴任のみです。一方で、職場におけるダイバーシティの促進のためにも、ドイツ人社員を日本に送ることも検討しています。近い将来、この目標を実現できると信じています。

コロナ禍以前は、異文化研修プログラムなど、駐在員と現地社員の関係を深める取り組みがいくつかありました。しかし最も効果的だったのは、やはり一緒に見本市に出展することでした。終業後の食事会や会社主催のイベントなどを通した交流の機会も設けられ、オフィスがまだこぢんまりとしていたころは、職場のコミュニケーションも自然と緊密になりました。コロナ禍の今は、それも難しくなってしまいましたね。一方で、このような状況でも、日本人はドイツをはじめとする欧州の文化に触れるべきだと私は考えています。逆も然りで、現地社員が日本のシステムを理解する姿勢も大切です。

多様性は、当社でもますます重要になってきています。日本人駐在員のみならず、現地社員も当事者意識を持ち「10年後のAsahi Kasei Europeにとって何が最適なのか」を問う必要があります。日本人社員と現地社員が相互に異文化や国際社会を学び合える環境を構築したいと思っています。

堤さんが思うドイツの良いところは何ですか?

堤秀樹氏:ドイツの魅力の一つは、自然と都市が融合しているところです。日本ではビルや住宅が並ぶ地域と公園などの緑地が分かれていることが多いですが、ドイツでは豊かな自然をとても身近に感じることができます。他にも、日常における些細なことですが、スーパーマケットなどで購入したペットボトルをリサイクルすると、デポジット料金が返却されるシステムも非常に優れていると思います。さらには、私が住むデュッセルドルフをはじめとするドイツの国際都市では、ドイツ語があまり話せなくても、英語さえできれば問題なく生活することが可能です。日本ではなかなかそのようにはいきません。日本人は、英語に対する苦手意識をなくす必要があると思います。英語を身につけることで、世界中から情報を獲得し、その都度学び、軌道修正することができるからです。本来なら、東京五輪は国際交流の絶好の機会となるはずでした。

最後に、ドイツに進出したい日本企業へのアドバイスはありますか?

堤秀樹氏:日本企業がドイツ進出するにあたり、重要になるポイントは2つあると思います。1つ目は、ユニークな商品や技術を持っていることです。これは、ドイツで生き残るための必須条件です。2つ目は、環境問題に対して積極的に取り組む姿勢です。ドイツ社会は、持続可能性に欠けている事業に対して非常に厳しいので、なかなか受け入れてもらうことはできません。そして、もちろんドイツ語を話せるに越したことはないですが、英語だけでもコミュニケーションをとり、信頼関係を築くことは可能だと思います。

当然ですが、完璧なシステムを持つ国はありません。日本人はトータルオペレーションが得意ですし、ドイツでは1つ1つの技術がとても進んでいます。双方の強みをうまく組み合わせ、最大限生かすことが重要なポイントとなるのではないでしょうか。

 


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