寄稿:JTB Germany GmbH デュッセルドルフ支店長 矢野智之
This article was first published in DJW News 4/2017.
弊社JTB が、1912 年「ジャパン・ツーリスト・ビューロー(Japan Tourist Bureau)」として「外客誘致」を目的に創立されたことは、あまり知られていないのではないでしょうか。明治維新から約50 年が経過し大正時代を迎えるタイミングで、観光により外国人を日本に呼び込む、いわゆる「訪日観光」の促進により国を豊かにするという戦略がとられ、JTB の前身が誕生したのです。
さて時代を下り100 年後の今日、日本政府は再び観光立国を成長戦略の柱のひとつに掲げ推進しています。昨年「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」において、訪日外国人旅行者数を一気に倍増させ、東京オリンピックが開催される2020 年に4,000 万人、2030 年には6,000 万人という意欲的な目標が策定されたことはご存知の方も多いでしょう。実績推移をみますと、本原稿執筆時点(2017 年9 月)では、前月までの訪日外国人旅行者数が、前年同期比18%増の約1,900 万人となっており、おそらく年間では2,000 万人台後半まで伸びるだろうことが確実視されています。昨年のドイツ人訪日者数は18 万3,000 人で、欧州では英国(29万2,000 人)、フランス(25 万3,000 人)に次いで3 位となっており、今年は前年比で平均してほぼ10%増を記録しています(出典:日本政府観光局JNTO)。2016 年の訪日外国人旅行消費額実績は、自動車部品産業の輸出総額に匹敵する約3.5 兆円に達し、2020 年に8 兆円、2030 年には15 兆円への拡大が目標として明記されました(出典:明日の日本を支える観光ビジョン構想会議)。
安倍首相は観光を「日本の成長戦略の大きな柱の一つ」であるとともに、「地方創生の切り札」であると述べています。観光先進国の条件としては、「気候」「文化」「食」「自然」がよく挙げられ、各自治体も、外国人観光客を呼び込むために、これらの観光資源をアピールし積極的に誘致活動をしておりますが、現実にはその効果には限度があるようにも見えます。その理由の一つとして、各自治体が当然のことながら地元PR に専念するがゆえに情報が氾濫し、消費者がそれについていけないという事態が起こっているのではないでしょうか。弊社を含む旅行会社は、このような状況を鑑み、また訪日目的が多様化する中、お客様に合わせて各地の「点」と「点」をどの様に線で結び、訪問価値を謳い、立体化していくのかを考え、自治体に代わって情報発信を続けていかねばなりません。そのことは経済成長や地方創生という国策の中での「使命」になってきた感があります。
そのような使命の下、弊社は常に新しいデスティネーションの開拓と需要喚起を続けております。例えばその一つが東北地方です。ドイツでは、福島というと原発事故の影響で旅行先から除外されがちですが、再生可能エネルギーや先端医療関連企業の集積地であること、3 年前からNRW 州と交流を重ねており、EU が今秋にも福島産の食品に対する輸入規制を緩和することが決定され、また福島産の酒が5 年連続で日本一に輝いていることは、残念ながら殆ど知られていません。歴史に話を移しますと1868 年、会津藩(現在の福島)が新政府軍と戦った戊辰戦争で、「白虎隊」と称する17歳前後の男子19 名が敗退後に集団自決した話は、ドイツ人でも知る人ぞ知る代表的な武士魂です。この魂こそが文化を生み出します。戊辰戦争で会津藩の軍事顧問をしていたシュネルはプロイセンの出身でした。加えて、会津藩士の息子であった松江豊寿は第一次世界大戦中、徳島の板東俘虜収容所の所長としてドイツ兵俘虜に対して人道主義を貫き、地元住民との交流さえ許しました。そのドイツ兵俘虜によって日本で初めてベートーベンの第九「歓喜の歌」が演奏されたことは良く知られています。このように福島とドイツは歴史的な縁があります。機会があれば是非一度訪れていただきたいと思います。
福島を訪れるからには、他の東北各県更には北海道にも足を運んでいただきたいところです。上述の戊辰戦争の最中、会津藩が領地としていた蝦夷(現在の北海道)を、米も育たぬ不毛の土地、という理由から売却しようとした相手がプロイセンでした。その画策は、ロシアやフランスを刺激することを嫌ったビスマルクの判断によって実現しませんでしたが、ドイツ人の農業技師ゲルトナーは、蝦夷が自国の気候に類似しているとしてジャガイモや麦、トウモロコシを植え、酪農も始めました。これらは今では北海道を象徴する農産物になっています。当時、日本人が見向きもしなかった地域に価値を創り出したのはドイツ人でした。そして現在、弊社は北海道の大自然を前面に打ち出し、知床を中心としたSIT(SPECIAL INTEREST TOUR)として、マッコウクジラやヒグマ、流氷などの見学ツアーの宣伝を始めました。
SIT 旅行の目的地として魅力的なのは東北・北海道だけで__はありません。日本一過疎化が深刻だと言われ、しかし観光資源に富み、多くの神話の舞台がある島根県も、弊支店は重点地域として販促に取り組んでいます。日本庭園は全国にあれど、松江市の近郊「足立美術館」の様に背景の山を取りこんだ庭園技法「借景」を観られる所は国内でも非常に少なく、また能や歌舞伎に並ぶ伝統芸能「神楽」も地元では身近に鑑賞できます。訪日外国人観光客の定番コースである、いわゆるゴールデンルートにも近いため、ドイツ人旅行者の訪問が増えていくことを期待します。
最後に、日本は伝統とハイテクが融合する国というイメージが強いですが、沖縄の離島、石垣島や宮古島の自然も見逃すことはできません。東洋一美しいと言われるビーチ、サンゴの海などダイバーに人気のスポットが多数あり、夜は銀河を仰ぎ見ることができます。琉球王国から受け継がれた豊かな文化や食が伝わる沖縄諸島には、「気候」「文化」「食」「自然」という観光資源が全て揃っており、観光立国を目指す日本にとって今後欠かすことのできない地域となるはずです。
オンライン旅行会社の台頭やシェアリング・エコノミーの浸透などもあり、昨今大きな変化の波が押し寄せている観光・旅行業界ですが、旅行者が必要とする情報を厳選して提供し、同時に観光立国と地方創生の実現を後押しするうえで、旅行会社が果たす役割は決して小さくないと確信しております。以上、駆け足となりましたが、またごく一部の地域しかご紹介できませんでしたが、皆様の次回の訪日旅行のヒントとなれば幸いです。
