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「Die ratlose Außenpolitik und warum sie den Rückhalt der Gesellschaft braucht」

Dr. フォルカー・シュタンツェル、元大使、DJW理事、独日協会連合会(VDJG)

Buchrezension unseres Japan Representatives Kazuya Yoshida

2020-06-22, 17:15

本書は、2009~2013年にかけて在日ドイツ大使を務められたフォルカー・シュタンツェル氏による2019年の著書である。

戦後ドイツは自らに背負わされたナチスの忌まわしい罪科に苦悩し、絶え間なくその過去の克服を模索しつつ、現在の民主主義、自由貿易を重視するEUの主要メンバーとしての国家を確立してきた。その基本政策を尊重し、敬意を表しつつ、特に今後の外交政策におけるEUの重要性と欧州市民レベルで外交により強く参画する必要性を説いている。戦後の現代史を彩る各事象を散りばめながら今後のあるべき外交の姿に思索を巡らした大変な力作である。

Ratlosとは、ドイツ語で「どうしたらよいか判らない、途方に暮れる、困り切った」との意味である(小学館 独和大辞典)。ドイツに限らず、昨今の世界各国のおかれた情勢やその外交政策を物語るうえで、これほど的確な形容詞は他には見当たらないのではないか、と思い、まず感心させられた。

戦後のドイツ外交政策は、かつての敵対相手であった戦勝国との徹底的な融和政策と西側民主主義陣営やEUとの連帯強化、そして東方政策を通じた東西冷戦から緊張緩和への移行を一貫して志向してきた。これは、数多くの戦後ドイツの偉大な政治家の中でも一際傑出した2人の政治家、すなわち、コンラッド・アデナウアー(CDU/CSU)及びヴィリー・ブラント(SPD)が確固たる決意のもとに推し進めてきた外交政策の賜物であり、著者も論じておられる通り、その一貫した外交政策の成功によりドイツは民主主義陣営において確固たる信認を得て今日の地位を築くに至っている。

ところが、今、その民主主義陣営の司令塔の位置にあった米国が「自国第一主義」を掲げ、多国間の枠組みに背を向け、世界に対立と不確実性の種を撒き散らしている。一方で中国やロシア、さらに一部の中東欧諸国でも権威主義的なリーダーが自由主義、民主主義等の価値観に挑戦し、国際秩序を脅かしている。米中両国間の軋轢は新型コロナ蔓延による社会・経済の混乱が全世界に拡大するに従い、より一層鮮明になりつつある。

今や深刻化しつつある米中対立に巻き込まれず、保護主義に傾斜する米国を牽制し、民主主義と自由貿易を推進する一大勢力となることが、世界中からEUに期待されている主要テーマであると言っても過言ではないと思われる。但し、英国のEU離脱に始まり、格差拡大に起因する不満や怒りを端緒としたEU内での保護主義・ポピュリズム的傾向の拡大、さらにはコロナ蔓延に起因する急激な景気後退とEU内協調政策策定の難しさを見るにつけ、EUの地盤が現在揺らいでおり、その根本的理念である「加盟国の拡大と連携緊密化」を今後さらに推し進めていくに際しては、今一度工夫の余地があることを示唆しているように思える。

欧州が地盤沈下し、弱い存在となってしまっては世界の民主主義の維持が危うい。米国が頼りにならない今、各国の安全保障や人権、知的財産権を侵害する強権国家を抑制し、ファシズムや共産主義がもたらした独裁による悲劇を繰り返さないためにも、我々にはしっかりと安定した基盤を持つ欧州が必要不可欠である。

ドイツは20世紀の間に形を変えて相次いで出現した2つの独裁体制、すなわち、国家社会主義と共産主義による悲劇を直に体験した稀有な国である。一方で、悲惨な第一次大戦の敗北から誕生し、世界で最も進んだ民主主義憲法を持つと言われながら、多額の賠償金負担と経済の混迷に苦しみ、ナチスの台頭を許して挫折と失敗に終わった第一共和国(ワイマール共和国)、そして戦後40年に亘る国家の分断に苦しみつつ過去の克服と融和政策、東方政策の末に再統一を経て達成された第二共和国(戦後のドイツ連邦共和国)の成功と経済的繁栄という、これまた世界の中でも民主主義形成の過程で極めて特筆すべき経験を経てきた国でもある。自由で民主的な社会がいかに貴重なものであるか、しかしその構築、維持、および発展がいかに困難なことであるかについても身をもって体験しているはずである。そのような貴重な経験を持つドイツが今後の新たな欧州秩序の建設、就中EUの再構築、さらには全世界が今後理想とすべき社会の構築に向けて果たす役割は、間違いなく大きいはずである。

翻って戦後の日本外交に目を移せば、日本も国土が焦土と化した敗戦を経て、国際秩序を主導する米国との同盟関係を軸にドイツと同様に民主主義と自由主義を標榜して再建を図ってきた。ところが、今やその米国が必ずしも万全の信頼を置ける存在ではなくなり、さらには対処困難な近隣諸国に囲まれてどうにも途方に暮れている日本の外交の現状を見るにつけ、同じようにratlosと形容するのが相応しいように思える。著者は同著において日本についての言及はされておられないが、筆者には同じratlosであっても日独両国の対処能力には大きな違いがあるように思われる。日本としても、世界の混迷に立ち向かい、民主主義と自由貿易を堅持していくためには、これまでのドイツの苦難・経験とそこから得た知見に学びつつ、日独両国間の産業分野での連携強化に留まらず、更なる関係強化によってより一層安定した民主主義と自由貿易の枠組みを構築していくことが益々重要になるのではないか、ということを読後つくづく痛感した。

"Die ratlose Außenpolitik: und warum sie den Rückhalt der Gesellschaft braucht", Dietz Verlag, Bonn 2019
Dr. Volker Stanzel, Botschafter a.D.; Vorstandsmitglied im DJW; Präsident Verband Deutsch-Japanischer Gesellschaften (VDJG) Dr. Volker Stanzel, Botschafter a.D.; Vorstandsmitglied im DJW; Präsident Verband Deutsch-Japanischer Gesellschaften (VDJG)
Kazuya Yoshida 
Representative Japan, Japanese-German Business Association (DJW)
yoshida@djw.de
http://www.djw.de
Kazuya Yoshida
Representative Japan, Japanese-German Business Association (DJW)
yoshida@djw.de
http://www.djw.de

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