Tetsuo Narukawa, DJW Stellvertretender Vorsitzender
Artikel aus unserem DJW Vorstand
ドイツでは、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻後、ロシアからの天然ガス供給が停止したため、エネルギーコストが急騰した。このエネルギー危機は、ドイツの産業構造に大きな影響を与え、製造業を中心とした経済全体の競争力を低下させる要因となっている。さらに、ドイツは既に原子力発電を停止しており、代替エネルギーへの転換が十分に進まない中、産業用電力価格がヨーロッパ主要国の中で最も高い水準に達している。この結果、ドイツ製造業は海外移転の動きを強めており、国内経済に深刻な影響が及んでいる。
(1)ドイツ製造業の現状
ドイツの鉱工業生産指数は2023年以降低下傾向が続き、ウクライナ侵攻前の水準を5%程度下回っている。特に、エネルギー消費の多い化学や鉄鋼などの業種で生産の落ち込みが顕著である。また、エネルギー価格の高騰により製造コストが増加し、企業の収益は悪化している。産業用電力価格は、過去の平均的な水準の2‐3倍程度に高止まりしており、国内生産のコスト競争力を大きく削ぐ要因となっている。
2024年前半時点で、ドイツの産業用電力価格は1キロワット時あたり0.25–0.30ユーロと、他の欧州主要国に比べて顕著に高い水準である。これにより、国内での生産活動が抑制され、設備稼働率も大きく低下している。ドイツ商工会議所の調査によれば、2023年に国内生産規模を縮小または拠点移転を検討している企業の割合は全体で37%、エネルギー多消費企業で45%に及んでいる。さらに、化学や自動車といった主要産業では海外移転の動きが進んでおり、雇用削減の動きが加速している。こうした状況を反映して、2023年のドイツの実質GDP成長率は前年比▲0.3%となり、2024年も引き続きマイナス成長となることが予測されている。
(2)日本との比較
ドイツの現状は、過去の日本の状況とも比較され得る。日本では特に1985年のプラザ合意以降、円高、労働力不足、貿易摩擦などを背景に製造業の海外生産シフトが進んでいたが、2011年の東日本大震災は製造業の海外シフトを加速させた。日本企業は東南アジアを中心に生産拠点を移転することで一定のコスト競争力を確保したが、その結果、空洞化による国内の雇用や産業基盤の弱体化という課題に直面せざるを得なかった。
一方で日本企業は、国内生産の縮小を補うために、グローバル市場での競争力を高める取り組みを行い、現地での販売網の強化や製品の高付加価値化を進めた。海外進出は、単なる生産コスト削減や逆輸入を目的とした「国内生産代替型」から、現地市場の獲得を目指す「現地市場獲得型」へとシフトしたと言える。このような戦略は、ドイツが現在の危機を乗り越える際の一定の示唆となり得る。
(3)ドイツの政策的課題
ドイツ政府は、エネルギー価格の高騰に対応するために減税や補助金を導入しているが、その効果は限定的である。発電コスト自体の上昇が抑えられていないため、エネルギー価格の上昇が製造業全体に与える影響を軽減するには至っておらず、政治的な不安定性もドイツ経済に影を落としている。FDP離脱による連立政権の足並みの乱れや早期選挙の実施は、政策決定の遅れを招き、経済全体の低迷をさらに深刻化させるリスクをはらんでいる。
例えば、2024年にはエネルギー多消費産業の稼働率が2019年比で15%低下し、これに伴い失業率も悪化している。ショルツ政権はエネルギー価格抑制策を講じる一方で、EU全体での連携を強調しているが、国内での具体的な投資促進策は不十分で、国内企業の設備投資額も2023年には前年比で8%減少し、経済全体の先行きに対する不安が広がっている。
(4)日本への示唆
ドイツの状況は、日本にも重要な示唆を与えている。第一に、産業の根幹のエネルギー供給の一層の多角化の必要性である。日本もエネルギー自給率は低く、特定の供給国に依存するリスクを抱えている。第二に、産業空洞化への対応策として、国内産業の競争力を維持するための包括的な政策が求められている。具体的には、産業用電力価格の抑制や、製造業の高付加価値化を進める施策が必要と言える。
さらに、日本はドイツと同様に製造業が経済の基盤を成しているため、国内雇用の維持や地方経済の振興にも注力しなければならない。グローバル化に伴う地政学、経済安全保障のリスクが高まる中で、日本企業は国内外の生産拠点の役割を再評価し、リスク分散を図る必要がある。また、政治的な安定性を保つことが、経済政策を推進する上で重要である点も忘れてはならない。
ドイツの製造業低迷が示すように、エネルギー戦略の誤算は国全体の競争力を削ぐことにつながる。日本においても、再生可能エネルギーの活用や電力網の強化といった長期的視点からのエネルギー政策が進められているが、デジタル化やカーボンニュートラルを進める中で、同時に各産業の競争力を高める取り組みこそが急務である。
(5)まとめ
ドイツのエネルギー危機と製造業の低迷は、エネルギー戦略の誤算や政治的混乱が経済全体に与える影響の大きさを示している。このことは、日本に対してもエネルギー供給の多角化や製造業の競争力維持の必要性を再認識させる。同時に、日本が過去に経験した産業空洞化の教訓を活かし、国内経済の強靭化を進めることが、今後の持続的成長の鍵となる。またドイツの経験から、エネルギー政策と産業政策の官民連携が経済全体の安定に不可欠であることが改めて認識される。日本はこの示唆を活かし、エネルギー供給や産業基盤の強化に向けた積極的な行動を取らねばならない。
Tetsuo Narukawa (DJW Stellvertretender Vorsitzender)
※本稿は横浜日独協会の会報「Der Hafen」Nr. 73に掲載された記事を、同協会の許可を得て転載しています。